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Z社への入社とその背景

私は晴れてZ社に入社することができました。念願の広告営業の仕事でした。この時、一緒に入社したのが、私と同じ年の女性、新谷さんでした。彼女はなかなかの美人でした。

私が所属する部署はZ社の広告部門で、マーケティングアンドクリエイティブ部と名付けられていました。大きく分けて3つの課がありました。一つは、スクール情報誌の営業で、これは当時R社が出版していた「けいこと学ぶ」という雑誌の競合になる「マイレッスン」という雑誌で、元の版元の経営がうまくいかず、Z社が事業を買い取ったものでした。

二つ目は、人材関係の広告代理事業で、主に大学生協のブックカバーや、中途採用のタイプ、リクルートのテックBINGなどを扱っていました。余談ですが、数年後、私は求人広告代理の営業になりますが、この時から何かの縁があったのかもしれません。Z社時代には直接求人広告営業の仕事をしていませんでしたが、この部署の人や上司と仲良くしており、様々な情報を得ていました。また、将来的にはR社と深く関わる仕事をすることになりますが、この時の部署の先輩が二人ともR社出身で、新しい事業を立ち上げるためにZ社に入社していました。この時からR社の人と関わっていました。こう考えると、何か深い因縁を感じます。

三つ目の事業は、私が入社することになったさいたま生協の事業部でした。主にこの事業部は生協向けのチラシを発行しており、私は生協の業者開拓および業者に広告提案する仕事をすることになりました。少し一般の広告代理店とは異なり、生協との取引や顔合わせも必要で、単に広告を売るだけではないので、そこが難しいところでした。

周りのメンバー

私の直属の上司は中原さんでした。中原さんは面接時に一緒だった、眼鏡をかけて髪が薄い人です。チームは中原さん、私、新谷さん、そして制作の中園さんの主に4人で構成されていました。そして、最上部には石塚部長がいました。

また、直接仕事をしていないものの、隣の部署の人たちとも仲良くしました。毎レッスンの部署には小川さん、佐々木さん、青木さん、下出さん、中島君など、若いメンバーが多く、最初の頃は何度か飲みにも誘ってもらいました。人材関係の部署には、この時、中島さん、轡田さん、時さん、伊藤さん、島田さんなどのメンバーがいました。この部署には高学歴の人が多く、伊藤さんなどは国公立大学出身だったと記憶しています。

いずれにせよ、最初に入社したF社とは社風が異なっていました。営業は厳しい感じがしましたが、若い人が多いためか、私にはこちらの方が社風的に合っているように感じました。また、上司の中原さんも、あまり厳しく言うタイプではなく、仕事はできるのですが、昇進などには無関心で、「定年までいればいい」という考えの人でした。私は、この会社では前の会社より居心地が良く、すんなりと溶け込むことができました。