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2023-11-28

アルバイト

携帯電話の販売を本当に本当の卒業そして次のステップの決意

関内の家電量販店での携帯電話の派遣販売の仕事は適度に忙しく、また派遣の仲間もいて楽しい環境でした。店長にも嫌われていなかったと思います。しかし、私はこの仕事を長く続けたいとは思っていませんでした。この仕事を始めた理由は、春に受けた50万円のセミナーのフォローアップを受けるためでした。正社員だと休みが取りづらく、不都合だったので、派遣社員として働いていたのです。

そのセミナーは最終的に、100万円のセミナーを受けなければ人生は変わらないと言い始めました。さすがに私もこれ以上はついていけないと感じました。そして、自分なりに天命やビジョンについての考えに決着をつけました。結局のところ、天命やビジョンはあるかもしれませんが、他人に示してもらうものではなく、自分で探し出すものだというのが、この時の私の結論でした。この結論に至るために、多くの時間とお金を使いましたが、決して無駄ではなかったと思います。

もしアパレルの会社を辞めて次の会社に就職していても、うまくいかなかったでしょう。そして、うまくいかないのは自分が天命を生きていないから、セミナーを受けなかったからと言い訳していたでしょう。しかし、このシンプルな結論は無駄な時間の結果ではありませんでした。この結論に至るために、計画を立て、嫌なことにも飛び込み、稼いで仕事しました。その行動力は自分でも誇りに思えますし、少し自信を持てるようになりました。

この1年半で楽しい時間もたくさん過ごしました。少なくともアパレルインテリア時代に比べると100倍は楽しかったし、仕事の充実感が得られました。セミナーを受けるという目標がなければ、携帯電話の販売の仕事にも巡り合えなかったし、巡り合っても最初の1か月で辛くて辞めていたでしょう。すべては自分の天命とビジョンを知るための行動でした。そう考えると、50万円という金額と1年半という時間は決して無駄ではありませんでした。

そして、私は決意しました。もう携帯電話の仕事を辞めて、自分の道に戻ろうと思いました。1995年2月になり、長かった携帯電話販売の仕事を辞める決意をし、実際に辞めました。

「最後の落ち」最後の最後で人生最大のピンチ

携帯電話の販売には落とし穴が多く、誤って申込書を書いた場合、審査が通らず、お客様に再度申込書を書いてもらう必要があるなど、二度手間になることがしばしばありました。カメラ量販店時代から大小さまざまなトラブルがありましたが、このトラブルは私の仕事人生で最大のものでした。若い時にこのようなトラブルを経験することで、より注意深い人生を歩むことができると思います。

私が犯したトラブルは、お客様に身分証のコピーを返却しなかったことでした。関内店は歓楽街の近くにあり、当時その筋の人がよく来店していました。私は何度かその筋の人と接客し、販売も行いました。1年以上携帯電話の販売をしていた経験から、おごりが出てしまったのだと思います。

本来、携帯電話の販売では免許証や健康保険証の原本のコピーを取って審査しなければなりません。しかし、私はその筋の人に対して、健康保険証のコピーだけで審査を通してしまいました。その筋の人に「健康保険証のコピーでは携帯電話は販売できません」と言うのが怖くて、問題が起きないようにとだけ考えていました。これが大きな間違いでした。原本ではなく健康保険証のコピーを預かったため、私はそのコピーをお客様に返却しませんでした。どんなことがあっても、お客様から預かったものは返却しなければならないのです。

後日、携帯電話販売を辞めた後、約5日後にケンウッドの営業担当から家に電話がかかってきました。電話に出ると、大和田さんから、私が接客したお客様が関内店でトラブルを起こしており、至急店長宛てに電話してほしいとのことでした。

私は直感で、以前接客したその筋のお客様ではないかと思いました。早速店長に電話すると、その通りでした。そのお客様が翌日来店するので、とにかく来てほしいとのことでした。正直、もう辞めていたので、店に行く義理はなかったのですが、私には責任感がありました。

店に行き、お客様の来店を待ちました。お客様が来ると、非常に怒っていました。その筋の人だったため、店長も対応に困っていました。私もその筋の人が怒っているので、非常に怖かったです。そして、自分の行動を後悔しました。正直、命の危険を感じるほどの勢いでした。

この騒動はデジタルフォンでも問題になり、デジタルフォンの社員が問題解決のために来ていました。その社員はなんと小笠原さんでした。小笠原さんはケンウッドを辞め、デジタルフォンに引き抜かれていたのです。小笠原さんからは「君にはあきれているよ」と言われました。最終的にこのトラブルは、デジタルフォン側が私が送った健康保険証のコピーを送り返し、それをお客様に渡すことで解決しました。

私は自分の行動に恥ずかしく思い、最後の最後で店の皆さんに迷惑をかけたことを深く反省しました。小笠原さんから何を言われても返す言葉がありませんでした。

この出来事は、正しい手順を踏まず、不正なことをした結果生じた問題でした。正しいやり方であれば、そもそもその筋の人に携帯電話を売ることはなく、このような問題は起きなかったでしょう。完全に、自分の「嫌なことは避けたい、揉めたくない」という弱さが原因でした。

★自分の反省点と今後の教訓
・どんな時も正しい手順で行う、不正な手段や手続きで進めてはならない
・客さんから預かったものは意識して必ず返却する

問題が解決してから、私は数日放心状態でした。その前は就職活動で仕事が決まらず少し落ち込んでいましたが、まるで戦争から命からがら逃げてきたような感覚で、もう何も怖くないという感覚になりました。仕事が決まらなくても生きていけるという感覚があり、何故かほっとしました。

携帯電話の仕事を辞めた後の就職活動

携帯電話販売のキャリアを終えた後、あなたは新たな就職先を探すことになりました。経済的な面を考慮して、土日はアルバイトをしながら、平日は会社の面接に臨むという計画を立てたようですね。アルバイトはモデルルームの看板持ちとしてスタッフセンターという会社で行っていたとのこと。

面接には何度も挑戦されたものの、なかなか採用に至らなかったようです。ただ、ヘルストロンという健康機器の販売会社からは採用のオファーを受けたものの、印鑑証明を求められたことに疑問を感じ、親御さんのアドバイスを受けて辞退されたとのことです。確かに、一般的な就職の際に印鑑証明を求められることは少ないため、その判断は賢明だったかもしれません。

その後、土日のモデルルームのアルバイトを続けながら、就職が決まらない現状に不安を感じていたとのこと。天気の悪い日にも相武台まで行き、モスバーガーでコーヒーを飲みながら、自分の将来について考える時間を過ごしていたようです。

就職活動は困難な道のりであり、特に自分のキャリアの方向性を見つめ直す時期には、多くの不安や挑戦が伴います。しかし、そのような経験は、将来のための大切なステップとなることもあります。あなたのこれまでの経験や学びが、次のステップに向けての力になることを願っています。